第7話 その5「自分らしさへの回帰」
翌朝、関根は早めに出社し、自分の担当地域である西京区のユーザーと新規対象先リストを見直していた。以前は、西京区でのヤマトビジネスマシン製のコピー機とムサシOA製のコピー機の設置台数は拮抗していたが、半年前の京都OAの攻勢によって、ムサシOA製のコピー機がかなり多くなっていた。このまま放置はできない。かと言って、両者のコピー機の性能は拮抗しているし、京都OAもガードを固めているから、簡単に攻め込むことは難しい。
ここで関根は、ファクシミリに着目した。ファクシミリは、出先や工場とつながっていて、この営業活動を展開することで、企業の業務の流れがつかめるからだ。また、ファクシミリであれ、なんであれお客様に設置されれば、それから通う口実ができる。そこを突破口として深く入り込むことが可能なわけだ。
そしてファクシミリの営業に対する競合他社のガードも低かった。
ファクシミリは、元々通信機器だから、どのお客様でも通信機器メーカーや電話会社からリースで販売されて設置されたものが大半だった。電話会社にとっては、設置されたらその分電話回線を使ってもらえるので、旨味のあるビジネスだ。しかし、電話会社は、親方日の丸の意識がつよく、営業活動を重視していなかった。当然、営業マンの数も少なく、事務機ほどの手厚いサポートはなかったのだ。
ヤマトビジネスマシンやムサシOAなどの事務機メーカーもファクシミリを販売していたが、販売後の通信の売上は電話会社に入ってしまうわけで、コピー機ほどの設置後のビジネス性はなく、こちらも販売にはそれほど力を入れていなかったのだ。
ただし、画像読み取りや普通紙への画像定着は、コピー機での技術が活用できるため、普通紙に記録できるファクシミリとしては、感熱紙に記録する電話会社のものよりは優れていた。
関根は、西京区の新規開拓先の業種を洗い出し、図書館に行って、半年前の京都OAとの戦いで活用した業界別の仕事内容が書いてある事典を読み込んだ。
友禅業界も京都にある本社工場と地方にある工場とで分業していて、図柄や指示書などを頻繁にファクシミリでやりとりしていることが推測できた。
このやりとりで、感熱紙では、図柄や指示書の数字が熱のため変化する可能性があり、そこが普通紙への記録が可能なヤマトビジネスマシン製のファクシミリのセールスポイントになりそうだった。
お客様にアプローチするための資料と準備して、その日の夕方には、明日からのアポ取りを関根は始めた。ヤマトビジネスマシンと名乗るとたいていのお客様からは、「あー、ヤマトさんね、コピー機は当分変えないから来てもらってもねー」との返答が返ってきた。
「本日は、ご本社と出先の工場との通信のことでお電話しました。製造指図書や図柄をファクシミリでやりとりされているかと思います。その業務の改善についての情報をお持ちしたいと思います」と切り返すと、大概のお客様は、「そう、それなら一度話を聞いてみましょうか」となり、アポイントメントが取れた。
こうして来週からのアポもとれ、関根らしい営業活動への回帰が始まった。
「おい、裏街道男。今月も最下位か。立って事務処理するのは面白いか」と言った田島からの口撃は相変わらず続いていたが、父からの「こいつはお前のことを恐れているぞ」の言葉を思い出して、関根は胸を張った。
関根の心とは裏腹に、3課全体のムードは、暗く淀み出していた。メンバー同士は、会話どころか挨拶もしなくなって行った。
≪Release Date 2023/03/04≫