第6話 その12「京都OA山本」
関根の怒涛の1ヶ月が終わった。
京都OAからの攻勢に晒されて、防戦一方となったが、終わってみれば、10台の持ち込みデモをされたユーザーは、10社中、2台の解約(京都西染工と洛西染工)で止めることができた。そして洛西染工での増設を加味すると、稼働台数減は、京都西染工分の1台で済んだ。
これは、課のメンバーの力を借りて、緊急のユーザーフォローを行なったことと日頃の保守サービスメンバーの丁寧な仕事のおかげだった。関根は、課のメンバーと保守サービスエンジニアのところを回りお礼を言った。
さて、これからは反転攻勢だ。この1ヶ月の間に考えたファクシミリをきっかけにして、今度は京都OAをじわじわと攻めてやると決意を新たにしたのだった。
さて、通常の業務に戻り、京都OAのユーザーの1社を訪問した時だった。夕方の面談を終えて、駐車場に戻ってきたところで、京都OAの山本から声をかけられた。
「関根さん、先日はどうも。」
「あっ、山本さんですか。驚いたなー」
「ヤマトさんの車があったので、関根さんかと思って少し待っていたんですよ。今日の外回りは終わりですか?」
「そうです。これから会社に戻るつもりです」
「良かったら、ちょっとお茶でもしませんか?」
関根は一瞬戸惑ったが、「いいですよ。軽く行きますか」と答えた。
「静かな喫茶店があるんですよ。車で先導しますので、ついて来てください」と山本に言われ、関根は自社の社有車に乗り込んだ。
山本が案内してくれたのは、落ち着いた雰囲気のカフェだった。
2人で席に着き、コーヒーを注文すると早速山本が話し出した。
「関根さん、お見事でしたね。いやー、うまく防がれましたよ。こんなにできる方とは思わなかったなー」
関根は、「大変でしたよ。ユーザービジネスは初めてでしたので、山本さんの仕掛けに右往左往しました。その上できっちり2台取られましたから。もうへとへとです」と答えた。
「後任には、『手強いから気をつけろ』と申し渡ししておきますから」
「えっ、異動ですか?」
「はい、東京に異動することになりました。せっかく良き同期のライバルに巡り合ったのに残念ですが・・・」
「いやー、ほっとしましたよ。手強い人がいなくなってね」、関根は笑いながら言った。
山本も笑いながら「関根さん、京都OAを見くびってもらったら困ります。後任は私よりできる男ですからね」と答えてきた。
「ところで、山本さんは東京では今と同じセールスですか?」と聞くと、「これからは都内の小さな営業所を任していただけるようです。まだ荷は重いのですが」と誇らしげに山本は答えた。
一転して、山本は真剣な顔になり、「関根さん、社内の後輩に気をつけてくださいよ」と小さな声でつぶやいた。
「えっ、どういうことですか」と関根が問い返すと、「御社の社内の情報が漏れているということです。ペラペラ喋っているバカな奴がいるということですよ。私から名前は言えませんが・・・」と返って来た。
関根の頭には、1年後輩太田裕也の小狡そうな顔が浮かんで来た。
「多分、あの小狡い男の事でしょう」とつぶやくと、「後は想像にお任せします」と返事が返って来た。その顔を思い出すだけで腹が立った。
「でも、どうして教えてくれたんですか?これからも利用価値がありそうなのに・・・」
「どうも、あのような手合いは嫌なんです。関根さんや横山さんは、よきライバルでしたが、小狡い男は、私も苦手でして」
関根は、「そうですか。社内の恥を晒して、恥ずかしい限りです」と苦笑した。
山本は、「うちでもいますよ。あのような手合いは。まあ、これからも情報漏洩には気をつけてください」とサバサバした顔で言った。
この後、付近のランチ情報等の気楽な会話を2人は楽しんで、30分ほどで別れた。
関根は「競争相手だけど、いい奴だな。また会いたいな」と思いながら、帰路に着いた。
帰社後、すぐ係長の町田に京都OAの山本との会話内容を報告した。
「そうか、忠告してくれたのか。ただ、証拠がないと太田だと断定はできないな。まあでも、もう心配しなくても大丈夫だ」
「えっ、どうしたんですか?」、関根は驚いて問いかけた。
「うん、あいつも異動だ。ユーザーで設置したコピー機の契約の仕方が問題になってな。大阪の支店で、事務職になるんだ。もう営業の本道に復帰することはないだろう。まあ、天に唾したものが返って来たってことかな」
関根は驚くとともに、太田への気持ちがすっと消えていった。
≪Release Date 2023/01/28≫