第4話 その6 迷惑なんや
関根は、翌日から、1ヶ月分の予定を立て、それに合わせて新規開拓先を訪問する活動を始めた。しかし、結果は出ず。あいかわらず厳しい訪問活動が続いていた。
翌週のある日、上京区の印刷会社で西川紙業という新規対象先を訪問し、受付にランチマップを渡して、総務課長に取り次いでもらっていると、その会社の営業部長が側で、話を聞いていて突然割り込んできた。「あんた、うちはヤマトとは取引しないと言われているやろう。しつこいのも大概にしたらどうや。こんなに来られてうちも迷惑なんや。ゴキブリみたいなやっちゃな。はよ去ね」
「失礼します」と言い残し、関根はその印刷会社から引き上げた。次の訪問予定先を素通りして、しばらく歩き続けた。悔しさで胃液がせり上がってくる。口の中は苦味で一杯だ。心は屈辱で震えていた。「ゴキブリ扱いされたか。俺のしている仕事は、こんな仕事なのか」と心で煩悶した。
この状態で丸太町通りを彷徨っている時に後ろから声をかけられた。「関根、浮かない顔でどうした」。振り返ると、なんと京都支店の営業みんなが憧れる支店のエース長崎先輩だった。長崎は、支店の大手担当営業チームで、最重要顧客である京都府庁と大手電機メーカーを担当する雲の上的存在で、全国的にも有名なトップセールスだ。
「長崎さん、新規先でキツイこと言われまして、ちょっと落ち込んでいまして」と答えると、 「どうだ、軽くお茶でも行くか」と誘ってくれた。府庁前の喫茶店に入ると、関根は直前の出来事を話した。
長崎は、その話には触れないで、「関根、手帳を見せてみろ」と言った。
「手帳ですか」、びっくりしながら関根は手帳を長崎に差し出した。
しばらくパラパラと手帳を見てから、長崎は言った。
「関根、お前は大丈夫だ。必ず成果を出す。お前のことが気になって見ていたが、この手帳を見て安心したよ」
「長崎さん、どういうことですか」と関根が問いかけると、長崎は自分の手帳を見せてくれた。「俺も京都支店に配属になってから、ずっと手帳で行動管理しているんだ。どう、同じだろう」。
長崎の手帳も予定と実施状況、To Doリスト(やるべきことの一覧リスト)がびっしりと書かれ、真っ黒だった。
「新規開拓営業を行なっていると色々な目に遭うよ。みんな同じ道を通ってきているんだ。関根、お前だけじゃないぞ。ここで取り組んだことが、みんなお前の血となり肉となるんだ。でも予定を立てて計画的に仕事をこなして行くことは、これから大手を担当するようになると、今以上に重要になるからな。まあ、行動管理とTo Doリストはすべての仕事に共通な重要事項だしな。だから大丈夫だと言ったんだ」
「長崎さんに言ってもらえるとすごく嬉しいです。ありがとうございました。めげずに頑張って行きます」関根の心は前向きに変わって言った。
長崎のおかげで、気持ちの整理がついた関根は、この後もいつものように新規活動を行い、支店に帰社した。
≪Release Date 2022/09/17≫