第10話 その3「現場ヒアリング」
帰社すると関根はすぐ佐久間課長に報告し、支店長室に出向き、石井支店長に相談した。
「関根、面白い案件だな。ひょっとすると大量設置の大型案件に化けるかも知れんな」
「支店長もそう思われますか、私も支店全体のプロジェクトとして取り組むといいかと思います」と佐久間課長も賛成してくれた。
「関根、本日中に京都支店の各課長に、この案件を支店プロジェクトとして協力するように伝えてから、明日から各現場ヒアリングの段取りを調整してみろ。困ったことが起こったら、俺のところに持ち込むようにしろ。バックアップするからな」
「支店長、ありがとうございます。では早速佐久間課長と相談して段取ります」
支店長室を後にした2人は、120ヶ所の現場ヒアリングを迅速に行うための進め方を話し合った。
「佐久間課長、まずは私がテストヒアリングを学校1ヶ所、出張所1ヶ所、公民館1ヶ所で行って見ます。その結果から仮説を立てて、支店プロジェクトとして一挙に支店の営業を動かしましょう」。
「そうだな、それじゃ、俺の方で、ユーザーで関係良好な学校、出張所、公民館をピックアップしておこう。まずはテストヒアリングだな」。
このような流れでこのプロジェクトは始まった。
3日後、関根は、テストヒアリングを開始した。まずは中央公民館を訪問した。事前に公害対策課の来島課長に伝えておいたので、話は通っていた。
館長が迎えてくれ、光化学スモッグ無線警報システム利用の実情を教えてくれた。公民館では、年に数回の光化学スモッグ警報のための高価な無線機を置いておくことに疑問を感じていた。別の用途と兼用できるシステムが必要ではないかとの意見だった。
公民館も本庁との連絡手段としては、メール便(市役所本庁と各出先を小型トラックが巡回して、文書を受け渡す)と電話だったが、できればファクシミリのような機器があれば助かるとのことだ。
次は、関根は小学校に行った。ここでは、光化学スモッグ警報は発令するとすぐ児童を屋内に戻さなければならないので、光化学スモッグ無線警報システムはとても重要な存在だった。しかし、無線システムのため、設置場所の職員室に人がいない時には、光化学スモッグ情報がタイムリーに届かないという問題があった。できれば、職員室と事務室には設置したいとの要望だが、年に数回の発令のために高価な無線機を2台設置することも無理があるとのことだった。
また、公民館と同様に、できればファクシミリのような通信機器への要望もあった。
関根は、小学校の職員室で教頭先生と話しながら、コピー機の増設ニーズの雰囲気も感じ取った。試しに「先生、いまあるコピー機以外にもう1台コピー機があったら、何かお役に立ちますか?」と聞いてみた。
「そりゃ、助かるよ。今使っているコピー機は1台だけだから使用が集中するからね。しかし、予算的には1台分しか認められていないからね」。
「今度公害対策課さんに光化学スモッグ警報システムに盛り込むことができるかもしれないので、今お聞きして見たんですが、可能なら盛り込んだほうがいいということですね」。
「そりゃー、ありがたいよ。頑張って見てよ」。
このようなやり取りの結果、関根は、コピー機のニーズも引き出すことができた。
次に関根は、出張所を訪問した。ここは公民館、学校とも違っていた。様々な市民が出張所を訪れる。ここでの光化学スモッグ無線警報システムは、常時人のいない別室に置かれていた。無線でのやり取りは、周りの人によく聞こえる。大げさな警戒音が訪れた市民の混乱を呼ぶから、聞こえないところに移しているそうだ。しかし、光化学スモッグが発生して気づかないでいることもまずい。だから、年に数度の無線のために、職員が交代でこの部屋に詰めているとのことだった。
「現場に行って見て良かった。現場にはそれぞれの事情があるな」、3カ所を訪問して関根はそう思った。そしてビジネスチャンスも大いに感じ取った。
関根は、この3ヶ所のテストヒアリングから、仮説を作り京都支店全営業を動員してのヒアリング用シートを作成した。
≪Release Date 2023/07/01≫