営業冒険物語 第4話 200社の新規開拓先へのアプローチの工夫 その3 買い物

第4話 その3 買い物

さて、転機はある週末にやってきた。京都の百貨店で妻の明子の洋服の買い物に付き合っていた時だった。百貨店の婦人服売り場には、たくさんの専門店が入っている。妻は1件目に入り、店員と話しながらいろいろと服を見ながら、買わずに出てきた。所在無げに待っていた関根は、「いいのあった?」と聞くが、妻は「とても気に入ったのがあったけど、まだ買うのは早いからね」と言い、さっさと次の店に入っていった。次の店でも店員と話込んだ挙句、何も買わないで出てくる。

関根が、「いいのがあったら、買ったらどう」と言うと、明子からは「この百貨店の中で、私の好みの範囲に入る店は全部行ってみたいの」と言われ、関根は付き合う羽目になった。こうして明子は店に入っては、探すことと話すことを繰り返していった。

一回りして一段すると、関根はクタクタだった。なんてたって婦人服売り場では、関根のようなゴツイ男の居場所はない。

「いつもこんな風にして服を選んでいるの?」と聞くと、明子から「この百貨店は初めてだからね。どの専門店が合うのか、探していたのよ」と返ってきた。

関根が「どうやって見分けているの?」と問いかけると、「気に入った服を探しながら、店員さんが服の特長や着こなしについて親切にどんなアドバイスをしてくれるかを確認していたの。それと、買わないで店を出るときの別れ際の態度も見ていたわ」

関根は感心した。「へー、そうだったんだ。単に迷っていたわけじゃないんだ」

「そうよ、これからこの百貨店で買い物していくのに、いい店といい店員と巡り会えることは、買う側にとっても、とても大切なの」

「いい店といい店員の条件って何?。」「そうね。店は雰囲気と接客姿勢が大事ね。私の年齢とおしゃれの仕方と合っているかどうかと丁寧な接客ができているかを見るわ。もちろん価格帯も影響するけどね。店員は、とにかくおしゃれが好きで、売ることより、お客さんが似合う洋服をうまく着こなせることに喜びを感じている人ね。こういう人は、売ることより、お客さんの役に立つことを第一に考えていると思うわよ。結果として、こういう人から買うことになるのよね」

「へー、そうなんだ。気に入った服を売っている店だったら、店員なんて関係ないと思っていたよ」

「もちろん、その服がとても気にいって他にいいのがなければそうだけど。でも、新たな着こなしを教えてもらったり、別の店を紹介してくれたりしてくれるとメリットあるでしょ。それに何よりそういう定員さんからの買い物はいつも以上にとても楽しいのよ。だからいい店員さんがいる店で買う可能性は高いのよ」

「ほら、あの店見て。私がさっき入った店よ。あの店員さんは嬉しそうにお客さんと話ししているでしょう。ほら、別のお客さん、あの年配の方はあの人が空くのを待っているわよ。この店員さんへは、私も後でもう一度行くつもりよ」

関根にとっては、闇夜にかすかな光が見えたような気がした。

「俺はしばらくここで座って待っているから、もう一度回ってこいよ」と明子を送り出してから関根はじっくりと考え出した。

「そうか、いい店といい店員と巡り会えることは、買う側にとってもとても大切なんだ。俺はとんでもない勘違いをしてたかもしれないな」

「営業マンはお客様のお邪魔虫かと思っていたが、俺がお邪魔虫のような行動をしていただけなんだ。お客様は、いい事務機メーカー、いい営業マンを求めているんだ」

関根の頭の霧がすっと晴れていくようだった。関根は具体的にこれから上京区のお客様にどのようなアプローチをしていけばいいか考え出した。

「まずアプローチ段階では、コピー機を売ることにつなげることはやめよう。やせ我慢だけどアプローチからガツガツ売ることは棚上げだ」

≪Release Date 2022/08/27≫

< < < 第4話 その2 歓迎されない

第4話 その4 試行錯誤 > > >